デジタルインボイスが届いたら、インボイスの受領サービスはそれを担当者に振り分けなければなりません。このことを郵便で例えるなら、「事業所の郵便受けに届いた書類を担当者に改めて手渡す作業」に相当します。この記事では、この振り分けのデジタル的な方法を解説します。
想定読者
主にPeppol を用いたデジタルインボイス交換サービスの開発者ですが、デジタルインボイスの運用そのものにも関わる話なので、開発者のみならず、実務に関わる方にもぜひご一読いただきたいです。
この記事では、開発に際して必要となるインボイス振り分けの考え方について解説し、開発の勘所も簡易ながら紹介させていただきます。主にドキュメントの受信機能に関わる内容となりますが、同時に送信機能にも関わりがあります。なぜなら受信側の想定する通りのインボイスデータを、送信者に作成してもらう必要があるからです。
はじめに
郵送されてきた請求書の宛先は、その取引の発注担当者であることが多いはずです。この請求書を、事業所の誰かが代表して受け取ったとします。その代表者は、封に記された宛先を確認し、担当者に渡さなければなりません。事業所の規模によって、直接手渡すこともあれば、部署ごとに用意されたメールボックスに取り置くこともあるでしょう。
私が新入社員だったころの話です。午後3時になったら総務部まで赴き、自部署に届いた配送物を、毎日受け取っていました。総務部には大きな棚があり、そこにプラスチック製の箱がいくつも並んでいて、自部署の名前が書かれた箱からその日届いた荷物や郵便をまとめて回収するのです。それから執務室に戻り、同僚たちに配送物を手渡しました。
以上が個人的な思い出です。そしてここからが本題です。Peppol でジタルドキュメントが送られてきた際、担当者への受け渡しはどのように行われるのでしょうか? そもそも受け渡しという作業は必要なのでしょうか? 本稿のテーマは、デジタルドキュメント受領後に担当者へと振り分ける処理、すなわち「Internal routing」についてです。
デジタルインボイスの宛先について
Peppolでデジタルインボイスなどのドキュメントを送るとき、その宛先はどうなるのでしょう?
宛先には、取引先の企業それ自体を指定するのが原則です。なぜならPeppol IDには、法人番号を用いるのが一般的だからです。Peppol IDとはドキュメントの宛先として指定する識別子であり、インボイス送受信の主体となる事業者(法人格)そのものを指します。Peppol ID について、下記の記事でもその詳細を解説しています。
ここで言いたいことは、Peppolで送信するドキュメントの宛先は、最終的な宛先となる担当者を直接指定するわけではないとうことです。Eメールで例えるなら、担当者のメールアドレスでなく、企業の代表メールアドレス宛に請求書を添付して送ることに近いです。
Peppolでドキュメントを受け取った企業は、必然的にそれを担当者や担当部署に振り分ける作業が必要になります。ただし受領したデジタルインボイスをひとつひとつ確かめ、マニュアルオペレーションで担当者に振り分けてもらうのは、一定規模以上の事業者には難しいですし、なによりデジタルの恩恵を損なっているとも言えるでしょう。
ではどうするべきか? ここからは、この振り分けのデジタル的な方法について解説します。
Internal routing (振り分け) の方法
企業宛に届いたドキュメントを、担当部署や担当者宛てに改めて配送する処理をPeppolでは「Internal routing」と呼びます。この記事では、ドキュメント到着後の「担当部署・担当者への振り分け」とも表現しています。この Internal routing / 振り分けの処理は、JP PINT (日本のデジタルインボイス標準仕様) の特定項目の値を判定して行うのが一般的です。
JP PINTには、Internal routingに使用可能な項目が2つあります。ひとつは、Buyer referenceです。もうひとつは、Purchase order referenceです。
Buyer referenceとは、Internal routingのために設けられた専用項目です。インボイス受信側の企業が、インボイスに記述してほしい値を送信側にあらかじめ伝え、送信側がその通りに入力するための項目です。
たとえば、購買企業(インボイス受信側)が発注をする際、その取引を担当する「自社の部署コード」を販売企業(送信側)に伝えたとします。販売企業は、その部署コードをそのままBuyer reference に入力した上でインボイスを送信します。購買企業はこのBuyer referenceの値を参照することで、届いたインボイスの担当部署が判定できるようになります。
なお、Buyer referenceという名称は、「買い手参照」あるいは「購買者参照」のように訳せますが、ここではそのまま「Buyer reference」と記載しています。
ふたつ目のPurchase order reference もほぼ似たような使い方をします。ただし、こちらは購買企業にて発行した「発注番号」を入力する専用項目となります。インボイスを受信した購買企業は、ここに記載された自社発注番号を参照して、担当への振り分けを行います。
ふたつの項目に共通するのは、購買企業が指定した値を入力する点です。販売側の企業は、インボイス送信の際、「Buyer referenceに購買側が必要とする値を設定すること」、「Purchase order reference に購買側の発注番号を設定すること」のいずれか、あるいはその両方が実務的な対応として望まれます。逆に購買側は、発注書や検収においてこれらの情報 (Buyer reference、発注番号)をあらかじめ伝えておく必要があります。
Buyer referenceにはどんな値を入れればいいのか?
購買企業はどのような値をBuyer reference として指定すべきでしょうか? JP PINT のガイドラインからの引用となりますが、例えば次の値が想定されます。
- 発注担当者の氏名
- 発注担当者の社員コード
- 発注部署の名称
- 発注部署の部署コード
Buyer Referenceは購買側 (デジタルインボイス受取側) が任意に指定する項目で、どのような値でもかまわないのですが、Internal routingを遂行するにあたっては、上記いずれかの値が妥当でしょう。本記事の執筆者の個人的な意見ですが、表記ブレや入力ミスの起こりやすい名称よりも、コードのほうがシステム的に扱いやすいはずです。なお実際に請求処理を行う担当者が、発注担当者と異なることも往々にしてあるため、その場合は、「請求書の処理を行う担当者の社員コード」のように読み替えてください。
もしあなたがインボイスの送信者であるなら、Buyer referenceには取引先に指定された値をそのまま入力するべきです。しかし値が指定されなかった場合は、どうすればよいのでしょうか? Purchase orde reference に発注番号を記しておけば、それでオーケーです。前述のとおり Purchase orde reference も Internal routing に用いられる項目だからです。
では、Buyer referenceも発注番号もいずれもわからない場合はどうすればいいのでしょう? JP PINTの仕様では両項目とも設定しないでインボイスを送ることもできますが、望ましいことではありません。取引先に尋ねるべきですが、それが難しい場合でも、請求書を受け取った企業がいずれの請求書かを判別できる情報を入力しておくべきです。JP PINT のガイドラインからの引用となりますが、例えば「発注担当者の氏名」をBuyer reference に記述すればよいでしょう。
Buyer reference の値はどう伝えればいいのか?
ここまでBuyer reference にどのような値を指定すべきか解説しました。では、その値をどうやって取引先の販売企業に伝えればいいのでしょうか? ここがいちばん難しいかもしれません。ほとんどの企業にとって、Buyer referenceなんて馴染みがないはずです。インボイス送信者・受信者ともに、これまで受領先での振り分けのことなんて気にしたことはなく、Buyer reference (あるいは買い手参照)などと言われてもピンとこないでしょう。
ここでの提言はシンプルです。発注時、あるいは検収時に伝えるしかありません。発注書と検収書にずばり「Buyer reference」 と書いてその値を伝えるのです。
その他の項目で Internal routing
他にもInternal routing に使える入力項目があります。
Buyer Contactは、購買企業の連絡先をいれる欄であり、担当者や担当部署の氏名・電話番号・Eメールアドレスを入力します。ここにインボイスの担当者情報が入っていれば、それを判定して担当者に振り分けることができます。
ただしBuyer Reference と異なり、Internal routing 目的の項目ではないことに注意しなければなりません。この項目は、インボイスの送信者が任意に入力する欄であるため、Internal Routing に都合のよい値が設定されているとはかぎらず、そもそも値が入力されていないこともあるので、その可能性も考慮しておく必要があります。
まとめ
Internal routing、すなわち受け取ったデジタルインボイスの担当者への振り分け処理を実現するには、次のいずれかの項目を用いて (あるいはこれらの項目を組み合わせて) 判定します。
(1) Buyer reference
- Buyer referenceには、購買企業の担当部署、担当者いずれかの情報を記載します。
- 購買企業はあらかじめこの項目に記載してほしい値を販売企業に伝えなければなりません 。たとえば、発注書に担当者の社員コードや部署コードを記載しておく、など。
(2) Purchase order reference
- 購買企業で発行した発注番号を記載する項目です。
- 発注とインボイス担当者がデータ的に結びついている限りにおいて、この値をInternal routing に用いることができます。
- 購買企業はあらかじめこの項目に記載してほしい値を販売企業に伝えなければなりません。概ね発注書それ自体に記載することが想定されますが、検収書にあらためて記載しておくのも良いでしょう。
(3) Buyer Contact
- 購買企業側の連絡先です。購買企業の部署もしくは社員の名称・電話番号・Eメールアドレス。
- 販売企業、すなわちインボイス送信側が任意に記載する欄であり、Internal routing用の項目ではないため、処理を完遂するための情報が記載されるとは限りません。
なぜ宛先は法人なのか?
最後に「そもそも、なぜデジタルインボイスの宛先は法人なのか?」という疑問にお答えします。
Peppol を先行導入しているヨーロッパにおいても、法人がデジタルドキュメント送受信の主体となるのが一般的です。Peppolは、ビジネス・エンティティ(事業実態)ひとつに対し、ドキュメントの宛先をひとつに限定することを意図しています。法人同士で送受信先が繋がることで、シンプルかつ堅牢なネットワークが構成されるからです。これがPeppolの仕様やルールというわけでは決してないのですが、事実上そのように運用されています。
インボイスの送信者からすれば、Internal routing のことを考えるくらいだったら、従来のEメールのように取引先の担当者を直接宛先に指定できるほうが、一見シンプルに思えます。しかし取引ごとに宛先を指定することも、本来手間と時間を要した作業のはずです。例えば、取引先の担当者が変わったり、組織の再編成が行われたらどうなるでしょう? 送信側、受信側の間で改めて宛先を確認・変更する作業が必要となります。法人番号を用いた Peppol ID であれば、その値が変わるという状況はそうそう起こらないため、宛先の管理という一点のみに着目すれば、その煩雑性から解放されるのです。
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